結納の挨拶

結納の流れと挨拶:仲人なしの場合

管理者自身もそうだったのですが、最近では富裕層でもない限り、仲人を立てた結納・結婚をあまり見かけません。
管理者の場合仲人を立てなかったので知りませんでしたが、仲人への謝礼金もばかにならない額になるそうなので金銭的に仲人を立てないと言うのも現状です。
仲人がいないので仲人の役割を男性側の両親が行い、結納を進めていくことになります。

結納の挨拶

結納の流れと挨拶:仲人を立てた場合

略式結納のところでもお話ししましたが、仲人が両家を往復するのと、略式結納も流れと挨拶は同様です。
仲人を介すか介さないかの違いだけになります。
まず、仲人を立てた時の流れや作法を見ていきましょう。
結納でのやり取りは全て仲人を介して行います。
相手側と仲人がやり取りしている時は、おとなしく見ているだけに徹しましょう。仲人が相手側に一礼したとき等はこちら側も一例したくなりますが、一緒頭をさげてはいけません。
関西では結納品は白木の台に載っており、目録のやり取りがされます。女性側からの結納品は省略される場合もあります。
洋室で行う場合は最初と終わりのみ立ち上がり、その他は椅子に座ったまま結納を進行します。
結納が終了すると祝い膳を囲みます。御代の清算は現場では仲人が支払い、後で両家で折半して仲人に支払うのが一般的です。
祝い膳を囲まない場合は仲人に酒肴料を渡すようにしましょう。

略式結納

略式結納とは?

結納の伝統的な方法として、仲人が両家を往復するというのがあります。
それに対して現在の主流である両家が一同に会して行う結納を略式結納と言います。
略式結納は仲人が両家を往復しないので、何度も仲人や両親に面倒をかけずに済み、しかも両家で会場の準備をしなくて済みます。
仲人が両家を往復するのも、略式結納をするのも流れと挨拶は同様になります。

結納

結納の日によい日柄

結納の日柄の善し悪しは "六輝" 若しくは "六曜" に基づいています。皆さんもご存知の通りの大安・仏滅などです。
これは中国の陰陽五行説による6つ日柄です。
もちろん日柄のいい日は大安で、大安に結納をするのが主流でした。
しかし、最近では仏滅でなければ悪い日ではないとしているやり方が主流になっています。
大安の日が結婚式場関係の料金が高いので、仏滅をはずして安い日を予約するのも賢いでしょう。
仏滅が最安なのですが、日本人はやはり縁起の悪いものは嫌う傾向があるので、あまり仏滅を選ぶ人はいないですね。
大安
何をしてもいい日柄。祝い事がよく行われます。
友引
午前と午後はよい。正午が凶。
先勝
先んずれば勝つと言う意味で先勝。午前がよい。午後は凶。
先負
先んずれば負けと言う意味で先負。午後がよい。午前は凶。
赤口
正午のみよい。この日は正午を挟んですればよし。
仏滅
何をしても悪い日。

結納時の服装

結納の時の服装はどうすればいいの?

結納する時の服装は会場に合わせるのが一般的です。 和式料亭・ホテル和室等のときは和服、洋式レストラン・ホテル宴会場等の場合はスーツ・ドレス等で合わせます。 一般的に女性とミスマッチな服装にならない様、男性側で女性の服装に合った服をチョイスするのがスマートですね。
powerd by 楽市360

結納返し

結納金の近頃の傾向

やはり結納金も地方によって違いがあり、関東では50万円〜100万円くらいといわれ、関東はあまり金額にこだわらないといいます。
powerd by 楽市360
一方関西では100万円以上で200万円以上も珍しくないみたいです。 関東では徐々に結納返しがなくなってきていますが、関西では結納返し半額ということで差し引きあまり大差ないですね。
powerd by 楽市360

結納品

結納品九品目

最近では簡略化して品数を少なくする傾向があります。結納品九品目といわれるものをご紹介しておきます。
powerd by 楽市360
品目名称
解説
目録
結納品の品名や数量を書いたもの。
長熨斗
あわびの肉を干してのばしたもの。
金包
結納金のこと。
友白髪
白髪になるまで共に仲良くという意味合いの白い麻糸。
末広
家系が長く栄えるようにという意味合いの純白の扇2本。
寿留女
幾久しく。するめは日持ちするので。奇数枚数。
子生婦
子宝に恵まれるように。2枚。
勝男武士
男の力強さの証。背筋と腹筋で1対。
家内喜多留
祝酒を入れる柳樽。朱塗り。

結納式

結納の意味

結納が一般的に行われるようになったのは、つい最近のことで大正時代からと言われています。
結納とは結いものからきており、両家を結ぶ縁起ものを男性家より持参して贈るという意味合いです。
関東では仲人が両家を往復し、関西では男性側が結納品を送り、女性側が御袴料を納めます。
ドラマで見た記憶があるのですが、名古屋の方もまた違った形で女性側がかなり派手にしていた記憶があります。